人生の目的

現代人の心の悩みは、生きることの意味、つまり「人生の目的」を見出せずにいることだと思います。
ある人は「家族を養うこと」、「お金を儲けること」、「いい暮らしをすること」と人生の目的を説明するかもしれません。
しかしそうしたことが「人生の目的」なのでしょうか。
心の悩みは、こうした俗世間の価値基準で自分を縛ることに原因の一端があるのではないでしょうか。親鸞会のホームページで次の一説を紹介されていたので、引用したいと思います。
<人生の目的 親鸞聖人の宣言>
『たとえ、汗と涙で築いた全財産を失い、最愛の人と別れ、重い病に倒れても、”人間に生まれてよかった。この身になるための人生だった”と知らされる生命の歓喜はあるのでしょうか。』
生きる目的は何か。親鸞聖人の解答は、揺るがぬ確信と勇気に満ちています。
「難思(なんし)の弘誓(ぐぜい)は難度海(なんどかい)を度する大船、無碍(むげ)の光明は無明(むみょう)の闇を破する慧日(えにち)なり」
(教行信証:きょうぎょうしんしょう)
“阿弥陀仏の誓願(難思の弘誓)は、私たちの苦悩の根元である無明の闇を破り、苦しみの波の絶えない人生の海を、明るく楽しくわたす大船である。この船に乗ることこそが人生の目的だ”
何と大きく、力強い宣言でしょう。「苦海をわたす大船に乗ること」とは、「苦悩の根元を破られ、”よくぞ人間に生まれたものぞ”と生命の大歓喜を得ること」です。
~~~~以上、引用~~~~
ここで親鸞聖人は明確に人生の目的をおっしゃっておられます。弥陀の本願に救われることが人生の目的だと。
心の悩みの多くは人生の目的がわからずにいることだと思われます。ヒントがありそうです。

生きるということ

生きるということはどういうことなのでしょうか。
人はなぜ生きるのか?
現代人の心の悩みはこうした疑問にいきつくのではないかと思います。
心の悩みの多くが、「生きる喜び」を感じられずにいることから発しているのではないですか。
自分の心に問いかけてみましょう。
「なぜ生きているのか」
「生きる喜びとは?」
現代人にとっては、あまりに抽象的過ぎて答えが出てこないかもしれません。
こうした問いに対して、戦前の人はどう考えていたのでしょうか。
戦争体験の中で「生きることの意味」、「生きる喜び」について実体験された方も多かったかもしれません。今日明日を生き抜くことに精一杯で自分を振り返ることができなかったかもしれません。
しかし現代人の場合、生きるか死ぬかといった体験は望んでもできません。
生きることの実感を感じ取りにくくなっていると思います。
ただ一日が過ぎていく・・・
生きがいを見つけることなく、ただ無為に生をむさぼる。
こんな生き方が蔓延しているように感じるのは私だけではないと思います。心の悩み、苦悩は生きることの意味を見つけ出せずにいることに起因するのではないでしょうか。
親鸞会という浄土真宗の団体のホームページでは「生きること」の意味についての詳しいことが載っていました。何かヒントになるようなことがあると思います。
なぜ生きるのか?生きる意味、生きがいについて一度立ち止まって考えてみることが現代人には必要なのではないでしょうか?